書籍「最後の言葉」スタッフ:あーや姫の奮闘記

川嶋あい著書「最後の言葉」スタッフあーや姫の日々の奮闘記。1冊でも多くの方々にこの本を読んでもらえるように頑張っています。 是非皆さんも1度、読んで見てください。

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20060105154209
初詣の帰りに凄く可愛い飴細工のお店を発見!
色々な形や味があって皆で試食しまくりでした(;^_^A

この写真はお兄さんが飴を切っているところです!
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コメント

明けましておめでとうございます(o_ _)o))
お邪魔します。
ブログ読ませていただきました。

飴細工って見とれてしまいますよね・・。
前に鶴とか作ってましたよ☆

また寄らせていただきますね。

ぜひ、ここ《http://r-bl.com/?ha》か

ここ《http://r-chatgirl.com/?ha
どちらかに遊びに来てください★

ではでは。
2006/01/05(木) 16:36:43 | URL | mimi★ #-[ 編集]

おお!山口氏のブログにも初詣の記事があったな..スタッフとミュージシャン皆で初詣なんてつばさはアットホームな事務所ですねえ
2006/01/05(木) 20:04:00 | URL | kazu@新潟 #-[ 編集]

飴細工ですか。よく祭りで目にしますね。

飴は人類に古くからあるお菓子のひとつですが、昔や甘味料や薬、あるいは珍味として珍重されていたようですよ。

『日本書紀』には神武天皇が大和の国を平定した際に大和高尾で水無飴を作ったという記載があります。

もう少し信憑性の高い文献としては、正倉院に収蔵されている古文書に「阿米」という記載があります。

研究者はこの「阿米」を米を原料とした水飴を意味していると考えています。

いずれにせよ、確かなのは『日本書紀』が編纂された720年には飴が存在したということだけです。

飴細工の始まりは、五重塔で有名な京都の東寺が建立された平安時代にさかのぼります。

中国から渡来してきた飴職人がお供え物としてつくったものがその始まりのようです。

渡来した飴職人は京都に居住するようになり、金太郎飴に似た「おたふく飴」をつくりだしました。

彼らはその飴にさらなる工夫を加え、さまざまな形に細工した飴を売り歩いたようです。

江戸時代には江戸の町でも飴細工が普及しました。現在の飴細工職人とスタイルはこの時に誕生したといわれています。

昔の飴職人は1日に約36リットルの水あめをすべて商品としての飴に仕上げることが可能となって、一人前の職人と認められました。

細工飴は、この重労働ができなくなった飴職人が街中で売り歩いたもので、大道芸の演目としても披露されました。

飴細工としては、このほかにもポルトガル伝来の南蛮菓子のアルヘイ細工があり、有平糖を用いた飴細工は高級菓子として茶席などで供するため作られていたようです。

飴で思い出しましたが、秩父で毎年7月8日に開催される「あめ薬師」の縁日に出展していた名物菓子「ぶっかき飴」がなくなるそうです。

最後の職人さんが現役を退き、後継者もいないことがその原因。

非常に残念です。さやうなら「ぶっかき飴」。
伝統のともし火がまた一つ消えた・・・。

来年の「あめ薬師」はどうなるでしょう?
2006/01/06(金) 01:45:18 | URL | 三木舎さとる #-[ 編集]

あめ大好きですよv-10ガムもあめも好きですねv-256この前無性に飴食べたくなって、べっこう飴作ろうと思ったんですよ。それから砂糖と水を入れてガスにかけていたんですよ~見る見る間に蒸発してなく跡形もなくなりましたv-15水が多かったのかなv-229また暇があったら挑戦しよっとv-22
2006/01/06(金) 19:29:13 | URL | セヴン #-[ 編集]
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新参者です♪お手柔らかにお願いネ!分からなくって今日の出来事なんだけど...
2006/01/05(木) 15:49:12 | 初めての日記
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